インクルージョンとは?メリット・デメリットを解説



インクルージョンとは、全ての従業員が互いに尊重し合いながら、それぞれの個性を活かしつつ一体感を持って活躍できている状態のことです。人手不足や価値観や働き方の多様性が進む現在、企業の事業継続には欠かせない視点となりました。
本コラムでは、インクルージョンの意味や種類、関連する用語、厚生労働省の方針、インクルージョン実現に当たって留意すべきメリット・デメリットや実現のポイントなど、インクルージョンの「ここが知りたい」をわかりやすく解説します。
インクルージョンとは?多様性と国際的な取り組み
初めに、インクルージョンの基本の意味と国際的に進められている取り組みを確認していきましょう。
インクルージョンの意味
インクルージョン(inclusion)とは、英語で「包含すること」や「包括」を意味します。論理学や数学では「包摂」とも言われ、2つの集合の関係として、一方が他方の部分集合になっていることを表します。*
社会におけるインクルージョンとは、簡単に言えば、年齢・性別・国籍・学歴・障害の有無・信条などにかかわらず、誰もが社会の一員として参加し、能力を発揮できることです。
ビジネスシーンにおけるインクルージョンも同様の観点から理解できます。すなわち、「全ての従業員が、それぞれの経験や能力、考え方などの個性を互いに認め合い、仕事に参画・貢献する機会を与えられ、一体感を持って働いている状態」です。
*参考:『ランダムハウス大辞典 第2版』小学館、1994年
ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)と障害者権利条約
インクルージョンという概念は、「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」から始まりました。1980年代にヨーロッパで生まれた言葉です。ソーシャル・インクルージョンが提唱された背景には、当時、社会問題となっていたソーシャル・エクスクルージョン(social exclusion、社会的排除)があります。
1970年代のフランスでは、移民の増加と産業構造の変化から、労働者が貧困状態に陥ることが増えていました。これは、一部の人々が社会に参加できず、排除されている状態です。ソーシャル・エクスクルージョンを解決するために使われたのが、ソーシャル・インクルージョンという概念です。
ソーシャル・インクルージョンという考え方は、やがて障害者の社会参加を実現するなどの福祉分野や、障害のある子どもが障害のない子どもと一緒に学べるようにするインクルーシブ教育へと広がりました。
障害者の社会参加を実現する観点では、2006年に「障害者権利条約」も採択されています。障害者が一定の場所に隔離されて過ごすのではなく、自らの意思で居住地を選択し、必要な支援やサービスを利用できる権利があることを定めた条約です。「地域社会へのインクルージョン」を目指すこの条約について、日本は2007年に署名し、2014年に批准しました。*
*参考:「人権外交 障害者の権利に関する条約(略称:障害者権利条約)」(外務省)ビジネスにおけるインクルージョンと種類
インクルージョンの拡大領域は福祉や教育だけではありません。ビジネスにおいてもインクルージョンの実現に向けた国際的な取り組みが進んでいます。さらに、貧困状態の人や障害者を対象とするインクルージョンだけでなく、女性やLGBTQ+の人々なども対象とされるようになりました。
ビジネスにおけるインクルージョン
ビジネスでのインクルージョンにおける国際的取り組みの1つが、世界の500の企業やパートナーが参加する「Valuable 500」(以下、V500)という国際組織です。2019年1月に開催された世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)で発足し、日本からも主要な新聞社、大手広告代理店、製造業における大手企業など、多数の企業が参加しました。
V500の最大の特徴は、「会社で障害者を受け入れて“あげる”」のではなく、障害者雇用の経済性に注目した点にあります。社会やビジネス、経済において障害者の持つ潜在的な価値が発揮されるような改革を進めることで、より経済が活発化されるという観点です。
V500が求めるようなインクルージョン経営を実現するには、何よりも多様な従業員が活躍できる「インクルージョン・マネジメント」が欠かせません。従業員一人ひとりが「自分は会社の一員である」という認識を持ち、「自分らしく働けている」と実感できるように、採用活動や職場環境の調整を行うことです。
インクルージョンの領域は、マーケティングにも採り入れられるようになりました。「インクルーシブ・マーケティング」という考え方です。顧客や消費者として社会のマジョリティだけを見るのではなく、多様な顧客・消費者を意識した調査を実施し、広告の作成などを行うことを意味します。インクルーシブ・マーケティングでより多くの人に「これは自分の価値観・スタイルに合っている」と感じてもらえれば、事業の持続可能性もより高まるでしょう。
ただ、インクルーシブ・マーケティングを実現するには、社内のインクルージョンが実現されていなければなりません。商品・サービスの開発やアピールに、多様な人材の意見を反映することが成功のポイントだからです。
インクルージョンの種類
インクルージョンという概念は、特定の属性を持つ人々の包摂のみに限定されるものではありません。初めは貧困状態の人や障害者に注目した概念であっても、ビジネスでは、より広い範囲のインクルージョンを想定した取り組みが求められています。
現在の主要な企業や国の取り組みでは、いくつかの属性が中心です。それらを簡単にまとめたものが、下表です。
【ビジネスにおけるインクルージョンの種類】
対象領域 | 取り組みの具体例 |
---|---|
ジェンダー |
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LGBTQ+ |
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年齢 |
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国籍 |
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病気・障害 |
|
どの領域に注力するかは、企業によって異なります。女性の活躍推進やシニア雇用を積極的に進めている企業もあれば、外国籍の人材の採用と育成にリソースを割いている企業もあるでしょう。大手企業グループのように、グループ全体の障害者雇用を担う特例子会社を設置するケースも珍しくありません。
いずれにおいても、「より多様な人々が、それぞれの能力を活かして活躍できる職場づくり」を実現していくことが求められます。
インクルージョンとノーマライゼーション、インテグレーションの違い
インクルージョンをより理解するには、「ノーマライゼーション」や「インテグレーション」といった概念との比較も効果的です。ノーマライゼーションはインクルージョンと似た部分が多いのに対し、インテグレーションはノーマライゼーションと根本的な部分で異なります。
インクルージョンとノーマライゼーションの違い
ノーマライゼーション(normalization)とは、英語で「標準化」「正常化」を意味する言葉です。マイノリティである人々が、マジョリティである人々と同等に生活・活躍できるようにすることを指します。*
ノーマライゼーションの特徴は、マイノリティである人々が社会の中で役割を持って生きられるようにするため、社会全体を変化させるという観点にあります。マイノリティである人々にマジョリティの社会に合わせた変化を求めるのではありません。
もともとは、知的障害のある人々が劣悪な隔離的環境に収容されていることを問題視したところから提唱されました。「ノーマルな生活を送れるように」という理念です。
インクルージョンとノーマライゼーションの違いは、その対象範囲にあるでしょう。インクルージョンはノーマライゼーションより広い対象範囲を持っています。知的障害のある人々も含む様々なマイノリティ、そしてマジョリティである人々がともに包摂され、同じ社会・組織で尊重されながら活躍できることを目指す概念だからです。
*参考:『ランダムハウス大辞典 第2版』小学館、1994年
インクルージョンとインテグレーションの違い
インテグレーション(integration)とは、英語で「統合」「差別撤廃による人種統合」などを意味します。*
インテグレーションの特徴は、マジョリティの中にマイノリティを受け入れ、一人ひとりの個性・特性に応じた対応をしながら、統合された環境で活躍できるようにすることです。これだけを見れば、インクルージョンとの違いはあまりないように見えます。
しかし、実際に行われたインテグレーションでは、「マイノリティへの配慮」といった形で、マジョリティ/マイノリティの区別が残ってしまいました。両者が混じり合うのではなく、「多数派が強者であり、思いやりを持って弱者である少数派を受け入れる」という構造になってしまったのです。これでは本当の意味での平等や公平性は実現できません。
そこで登場したのが、インクルージョンの考え方です。インクルージョンでは、インテグレーションの課題を克服すべく、マイノリティである人々が、そうでない人々と対等な人間として混じり合いながら活躍できるように環境などを調整していきます。
*参考:『ランダムハウス大辞典 第2版』小学館、1994年
インクルージョン、ダイバーシティ、エクイティの関係性
ビジネスにおけるインクルージョンを見ると、多くの企業が「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」や「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」と表現していることに気づくでしょう。
「ダイバーシティ」や「エクイティ」も、インクルージョンとともに用いられる重要な概念です。では、それぞれインクルージョンとはどのように異なり、どのように関係しているのでしょうか。
まず、ダイバーシティ(diversity)とは、英語で「多様性」を意味する言葉です。社会や組織におけるダイバーシティは、性別・年齢・国籍・信条など、異なる属性を持つ人々が社会や組織の中にいることを表します。
ダイバーシティは、1950年代・60年代のアメリカにおける公民権運動から始まりました。人種や性別で生じてきた差別是正を表す概念です。
ビジネスでの具体的な取り組みは、主に女性の活躍推進、LGBTQ+の理解、子育てと仕事の両立、病気や障害などに対する理解や環境調整となっています。
しかし、本当の意味で共存するには、1つの組織や社会にこうした多様な人々がただ存在すればいいというわけではありません。ビジネスにおいて多様な人材を採用して終わるのではなく、「誰もが対等に尊重され、活躍できる」という観点での施策が必要です。ここで、インクルージョンの考え方が求められるのです。
その結果、ダイバーシティとインクルージョンの両方の視点を重視し、「ダイバーシティ&インクルージョン」のようにまとめて使われるようになりました。
なお、ダイバーシティ&インクルージョンに「エクイティ(equity)」を加えた「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」もあります。これは、「公平性」も重視する考え方。一人ひとりが公平に機会を得られるよう支援を行うことまでを含みます。
インクルージョン推進の政策と厚生労働省の方針
日本におけるインクルージョンの実現は、政策でも重要視されてきました。国が推進してきた「全員参加型の社会」の実現です。2016年6月に閣議決定でされた「ニッポン一億総活躍プラン」を覚えている人も多いでしょう。
同政策が進められてきた背景には、少子高齢化の進行による労働力人口の減少、将来的な経済規模の縮小、生活水準の低下といった問題に対する懸念があります。これは社会における構造的な課題であり、「何とかしなければならない」という危機感がありました。
それまでの国際協調の中で男女平等や障害者の権利擁護などは進められてきました。しかし、差し迫った人手不足からくる経済への悪影響を低減・回避するには、より積極的な取り組みが必要です。
こうして、「出社してフルタイム勤務で働き続ける」という労働慣行から排除されてきた人々も働けるよう、「誰もが包摂され活躍できる社会」の実現を目指すことになりました。
国が進めてきた具体的な施策には、
- 女性の活躍推進
- 長時間労働の是正
- 育児・介護・病気の治療と両立
- 障害者の就労・社会参加の推進
などがあります。*1
これらの方針は、現在も変わっていません。
女性の活躍推進と育児・介護と仕事の両立に関しては、男性労働者の育児休業取得を推進する「産後パパ育休」や「パパ・ママ育休プラス」が始まりました。企業にも男性の育児休業取得率の公表が求められています。*2
障害者の就労・社会参加の推進については、障害者雇用率制度の適用範囲の拡大や法定雇用率の引き上げが続いており、より多くの企業に対して積極的な障害者雇用を求めています。*3
*1 参考:『平成30年版 厚生白書』(厚生労働省)、pp.207-108
インクルージョンのメリットとデメリット(課題)
では、インクルージョンの実現は企業にはどのようなメリットをもたらすのでしょうか。第一に挙げられるのは人手不足の軽減・解消ですが、ほかにもいくつかの利点を挙げることができます。
他方、インクルージョンの実現は一朝一夕に達成されるものではありません。長期間にわたる継続的な取り組みの中で、いくつかのデメリット(課題)への対策を講じる必要があります。
順番に解説します。
インクルージョンの5つのメリット
インクルージョンの主なメリットは5つあります。
【インクルージョンの5つのメリット】
- ①人手不足の軽減・解消
- ②ワークライフバランスの充実
- ③従業員の帰属意識とモチベーションの向上
- ④多様な視点を活かしたイノベーションの促進
- ⑤CSRにおける法令遵守・社会貢献と企業価値の向上
①人手不足の軽減・解消
1つ目の人手不足問題については、既に述べた通りです。従来の労働慣行によって排除されてきた人々が働けるようにすることで、より多くの人を採用できるようになります。フルタイムでない働き方でも、ほぼリモートワークであっても、他の従業員と同じように活躍する機会を提供できれば、より優秀な人材を自社に迎えられるでしょう。
②ワークライフバランスの充実
2つ目のワークライフバランスの充実は、短時間労働やリモートワークによって、従業員の人生設計に応じた働き方を実現できることから生まれます。
短時間労働やリモートワークを導入する理由は、育児・介護や加齢、病気などで長時間働けない従業員のための調整が一般的です。一方で、「家庭生活を大切にしたい」「趣味や副業の時間を確保したい」といった理由で制度を活用したい人もいるでしょう。
仕事と生活の最適なバランスは、人によって異なります。フルタイムと残業で働くほうが「充実している」と感じる人もいますし、「仕事は1日6時間くらいがちょうどいい」という人もいます。病気の治療と両立するため、「週3日の勤務であれば働き続けられる」といった人もいるでしょう。
インクルージョンの視点があれば、「全員同じルールでなければ不公平だ」という考え方は減ります。より多くの従業員が、自身に合ったワークライフバランスを実現できるでしょう。
③従業員の帰属意識とモチベーションの向上
一人ひとりが尊重される職場であれば、画一的な労働条件のもとで働くよりも、仕事への意欲が高まります。1日5時間だけ働く従業員でも、労働時間の短さが評価上マイナスにならず、業務遂行能力と実績に応じた正当な評価を受けられるからです。
ひいては、「自分は会社の一員として尊重されている。この会社のために頑張ろう」という帰属意識とモチベーションの向上につながるでしょう。
④多様な視点を活かしたイノベーションの促進
そして、より多様な人材がいることで、商品・サービスの開発やマーケティング、営業などに豊かな視点がもたらされます。先述した細かなニーズへの対応やメッセージの発信だけでなく、事業や商品・サービスにおける課題の発見と分析にも役立つでしょう。
このような点から、4つ目のメリットが生まれます。顧客や消費者が“本当に求めていること”を理解したイノベーションです。ニーズが多様化する現在の市場を生き残る鍵として無視できないポイントです。
⑤CSRにおける法令遵守・社会貢献と企業価値の向上
インクルージョンは、CSR(企業の社会的責任)においても重要な観点です。CSRの具体的な3つの領域には、法令遵守・社会貢献・環境対応があります。
法令遵守では、例えば、インクルージョンの実現によって年齢・性別・国籍・障害の有無などによる差別禁止や、女性の活躍推進、障害者雇用、シニア雇用に関するルールに従った雇用が可能になります。
社会貢献では、より広い多様性を前提とした採用活動が、新たな雇用の創出につながるでしょう。そうした人材が活躍することで、それまで軽視されてきたニーズへの対応ができるようになる可能性もあります。
法令遵守と社会貢献で実績を上げれば、これまで以上に自社企業の業価値も向上するでしょう。
コラム「CSRとは?CSRの意味やメリット、企業の活動事例について解説」はこちら
インクルージョンの3つのデメリット(課題)
インクルージョンの実現に向けたプロセスで発生し得るデメリット(課題)は、3つあります。それまでの考え方や体制を変えなければならないため、どうしても“痛み”があるのです。
【インクルージョンの3つのデメリット(課題)】
- ①アンコンシャス・バイアスの存在と、意識改革・体制改革への抵抗感
- ②採用活動や人材の活躍支援にかかるコスト増加
- ③コミュニケーションコスト増加に伴う一時的な業務効率の低下
対策のポイントとともに確認していきましょう。
①アンコンシャス・バイアスの存在と、意識改革・体制改革への抵抗感
多様な人材が活躍できる職場をつくるには、時として価値観や社内体制の大きな変更が求められます。従来と異なる働き方をするメンバーが増え、馴染みのない価値観やライフスタイルを持つメンバーも入社するでしょう。
インクルージョンを実現するには、「どうすればできるのか」を一緒に考え、対応するという姿勢が必要です。
こうした変化を最初から全員が快く受け入れられるとは限りません。変化を受け入れようとしている従業員でも、もともとの働き方や価値観から、相手を傷つける表現を使ってしまうことがあります。いわゆる「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」です。
インクルージョンの実現には、このようなアンコンシャス・バイアスに気づき、会社として変わる必要があることを従業員が理解できるような機会の提供が必要です。
②採用活動や人材の活躍支援にかかるコスト増加
インクルージョンを実現するには、社内における人材の偏りを減らすための新たな採用活動が欠かせません。一人ひとりの能力や経験、求める働き方をしっかり把握できるよう、採用する側も準備する必要があるのです。
その際、個々の事情に応じて試験や面接の時間・場所を調整する必要もあるでしょう。病気や障害のある人の面接なら、手話・筆談や車いすで利用しやすい部屋の確保、疲れやすさを考慮した面接時間の調整など、特性に応じた対応が求められます。外国人であれば、英語など日本語以外でもコミュニケーションができる環境を整えなければならないかもしれません。
入社後の支援も重要です。育児・介護であれ病気・障害であれ、常に同じ状態が続くわけではありません。定期的なヒアリングを行い、業務体制や働き方を見直す必要があるということです。
これらの把握と調整において、最初は試行錯誤が続き、多くのコストがかかるかもしれません。しかし、インクルージョンが進んで「当たり前」になってしまえば、スムーズな対応も可能になります。体制づくりの一環として、根気よく取り組みましょう。
③コミュニケーションコスト増加に伴う一時的な業務効率の低下
多様な人材と一緒に働くようになると、「暗黙の了解」が通じにくくなり、より丁寧なコミュニケーションが求められるようになります。アンコンシャス・バイアスを避けるための言葉選びや、知らないことに関する説明と理解、これまで接点がなかった人々との関係構築など、様々な場面で立ち止まることが増えるでしょう。
インクルージョン実現に向けた研修で業務時間を圧迫される中、日々の業務でもより時間がかかるとなれば、組織の生産性が低下しかねません。
しかし、こうした業務効率・生産性の低下は、一時的なものです。メンバー同士の理解が進めば、適切な言葉選びが習慣となり、「どの情報が必要か」も見極めやすくなるからです。
インクルージョンの実現に向けた5つの施策ポイント
インクルージョンを実現し、維持するには、ぜひ5つのポイントを意識してください。これらを意識せずに採用活動だけを進めてしまうと、前述のデメリットがより大きく出てしまう恐れがあります。
【インクルージョン実現に向けた5つの施策ポイント】
- (1)理念の決定と経営トップからの発信
- (2)採用基準・評価基準の見直し
- (3)意識変革に向けた研修・セミナーの実施と推進チームの活動
- (4)現場でのサポート体制の整備
- (5)インクルージョンサーベイでのスコア確認・改善
1つずつ見ていきましょう。
(1)理念の決定と経営トップからの発信
まずは、会社全体の方針の策定です。
採用活動でインクルージョンに向けて進めても、経営層から特定の属性を持つ人材のみを評価する言動があっては、多様な人材が活躍できる会社にはなれません。経営層自らがインクルージョンの具体的なイメージを持てるよう、ソーシャル・インクルージョンをヒントに理解を深化させましょう。
また、経営層から従業員全体に向けてメッセージを発信することも大切です。人事担当者から管理職に伝えるだけでは、施策の重要性が十分に伝わらない恐れがあるからです。社内報やパンフレット、ミーティング、オフィス内での掲示など様々な場を活用しながら、「我が社は本気で取り組みを進める」というメッセージを繰り返し発信しましょう。
(2)採用基準・評価基準の見直し
同時に進めたい施策が、社内体制の整備です。特に、人材の定着と活躍に直結する採用基準および評価基準の見直しです。
採用基準の見直しでは、インクルージョン推進のために策定された理念や方針と一貫性があるかをチェックしましょう。性別・年齢・国籍・障害の有無・価値観といった求職者本人の属性について差別的な判断が潜んでいないか、就業時間や勤務形態にどのような選択肢を設けるかといった視点も必要です。
評価基準の見直しでは、まず「暗黙の了解」になっていた事柄の言語化を進めます。どこに暗黙の了解が潜んでいるかを探るには、従業員における特定の属性の構成比や平均賃金の差をチェックするなど、まずは数字をチェックしてみてください。
【暗黙の了解を探るために見る数字の例】
- 会社全体における従業員の男女比
- 障害者雇用率
- 採用における部門ごとの性別・国籍・年齢・障害の有無などの構成
- 管理職における性別・国籍・年齢・障害の有無などの構成
- 育児休業取得率における性別・国籍・年齢・障害の有無などの構成
- 各属性における従業員の平均賃金
自社での働きやすさについて、従業員にヒアリングやアンケートを実施することも効果的です。職場の働きやすさを10段階で評価してもらったり、その理由を聞き取ったりするほか、相談窓口へ寄せられた悩みや意見も丁寧に拾いましょう。
(3)意識変革に向けた研修・セミナーの実施と推進チームの活動
社内の意識改革に向けた取り組みとしては、インクルージョン研修やセミナーの実施、インクルージョン推進チームの活動などが効果的です。
研修やセミナーの対象者は、まずは管理職、次に一般社員へと進めるとよいでしょう。管理職対象の研修・セミナーでは、インクルージョンの重要性と自社が行う取り組みの内容、多様な人材についての理解、部下とのコミュニケーションで注意すべきことなどを段階的に学べるプログラムがおすすめです。
特に、先述したアンコンシャス・バイアスの自覚と価値観の更新は必須事項です。どのような人にも無自覚のバイアスがあることや、価値観やライフスタイルは時代によって変化すること、そうした変化に対応することが、人材の定着と事業の継続には必要であることを伝えましょう。
部下とのコミュニケーションのポイントでは、「対話」が重要であることを感じてもらう必要があります。ケーススタディやグループワークで具体事例を通じて理解を深め、多角的な視点でコミュニケーションを見る体験を重ねると効果的です。
一般社員に向けたインクルージョン研修でも、管理職向けの研修と同様に、自社で取り組むインクルージョンに向けた施策や多様な人材についての理解から始めましょう。その後、現場でどのような働き方が可能になるのか、社内の制度やキャリアパスとともに伝えます。
より当事者性を高めるには、インクルージョン推進チームの発足と活動も有効です。具体的な活動として考えられるのは、以下のものです。
【インクルージョン推進チームの活動例】
- 多様な働き方、多様な人材の社内事例の収集と共有
- 他社におけるインクルージョン推進事例の紹介
- 従業員から寄せられた相談への対応
- インクルージョン推進における課題の分析と解決策の検討
- 経営層と連携したインクルージョン施策の実施(研修・セミナーや交流会など)
「経営層だけ」「現場だけ」の施策にならないよう、多くの役員・従業員を巻き込みながら進めることがポイントです。
(4)現場でのサポート体制の整備
多様な人材が活躍するには、それぞれの事情に応じた働き方ができるサポート体制の整備も欠かせません。
サポート体制の整備に当たっては、ぜひ下表のポイントも意識しましょう。そのうえで、個々の特性や要望に応じた調整をしていくことが、成功の秘訣です。
【多様な人材の活躍に向けたサポート体制のポイント】
人材の例 | 特性・要望の例 | 考慮する項目の例 |
---|---|---|
育児・介護中の人材 | 休業や短時間勤務 急な遅刻・早退・欠勤 |
|
シニア人材 | 体力の低下 視覚・聴覚の低下 |
|
外国籍の人材 | 日本語に慣れていない 異文化ゆえのトラブル わかりやすい情報伝達 |
|
障害のある人材 | 疲れやすい 人混みが苦手 感覚過敏がある マルチタスクが苦手 |
|
社内のノウハウだけで対応するのではなく、ぜひ外部支援機関や相談窓口なども積極的に活用してください。必要に応じて、専門家から体制整備の具体的なアドバイスを受けるなどもよいでしょう。
(5)インクルージョンサーベイでのスコア確認・改善
インクルージョンの進捗を確認するには、適切な指標とモニタリングが欠かせません。
社内のインクルージョンに関する指標でよく用いられるのは、従業員エンゲージメントや従業員・管理職の男女比、育児休業取得率などです。ほかに、シニア人材や障害のある人材、外国籍の人材、LGBTQ+である人材などについて、それぞれの雇用率・勤続年数なども指標として検討するとよいでしょう。
社外の評価機関が公表している指標も便利です。
例えば、JobRainbowが実施する「D&I AWARD」では、一定の基準によって「認定スコア」を算出し、企業の取り組みを評価してきました。評価指標は「ダイバーシティスコア」と呼ばれます。*1
【ダイバーシティスコアの5つの観点】
- ジェンダーギャップ
- LGBT
- 障害
- 多文化共生
- 育児・介護
ダイバーシティスコアでは、各観点に対して「行動宣言」「教育/理解促進」「人事制度」「コミュニティ」「働き方」という5つの分類で項目が列挙されています。これらを確認することで、自社の取り組みを網羅的に評価できるでしょう。
公的な評価基準の例では、「なでしこ銘柄」「くるみん認定・プラチナくるみん認定」などがあります。
「なでしこ銘柄」は、経済産業省と東京証券取引所による認定制度で、女性の活躍推進のための優れた取り組みを行う上場企業が評価対象です。経済産業省の公式ページでセルフチェックシートが公開されています。*2
「くるみん認定・プラチナくるみん認定」は、厚生労働省が実施する「子育てサポート企業」の認定制度です。一定の基準を満たすことで「くるみん認定」を受けられ、さらに高い基準を満たすと「優良な子育てサポート企業」として「プラチナくるみん認定」を受けられます。2025年6月現在の認定基準には、女性労働者・男性労働者の育児休業取得率や、短時間正社員制度・在宅勤務などの多様な労働条件の整備といった項目が並んでいます。*3
こうした基準を参考にしながら、自社で用いる指標を設定し、定期的にスコアの進捗を確認しましょう。
*1 出典:「審査・評価について」(D&I AWARD 2025)
インクルージョンの実現に向けた研修は対象者に合わせて実施を
全社的なインクルージョンを実現するには、経営層から一般社員まで、多様な価値観・多様な働き方を尊重する姿勢を持つことが重要です。そうした姿勢を持ち続けるには、現実的なノウハウも欠かせません。
ノウハウを習得するインクルージョン研修では、対象者に合わせてプログラムを作成しましょう。例えば、経営幹部対象の“全社視点”の実践に向けた研修、管理職が対象のハラスメント研修、現場で人材育成を担うOJT担当者を対象とする研修などに、インクルージョン研修を絡めることができます。
様々な企業で人材育成や人事制度改革をご支援してきたALL DIFFERENTでは、インクルージョンの実現にお役立ていただける研修を多数ご用意しています。ぜひご活用ください。